介護タクシーの歴史と介護保険、共通する事は、公共の福祉を守るために
平成12年は時の首相の構造改革、規制緩和が推進されることになります。

今まで法人タクシーの許可は、どこかの事業所廃業しなければ許可を取得することができません
これは、車の台数が増えればドライバーは生活できないからです。これを取得権益といいさらに
車も10台位なければ開業できませんでした。法人タクシー限定いわゆる介護タクシーは、
1人法人なし車1台から開業できるようになりました。

平成12年から17年位は許可が下りるのには1年くらいかかる事とまだ制度の認識が少なく
介護タクシーはほとんど存在しませんでした。

この動きと並行して平成12年度は介護保険制度がスタートします。12年より前は、措置制度
になります。措置時代は老人福祉法のもと国が老人の生活を保証する時代でしたが、介護事業所
の数が非常に少なく利用者が事業所を選ぶことができず、公務員・準公務員の提供する競争性
のない時代でした。

介護保険スタート時、国は多額の保険報酬を提供し様々な企業から介護保険参入を促します。
そしてたくさんの事業所が参入した後3年ごとの報酬改定において骨太の方針のもと介護報酬を
下げていきます。弱い事業所をフェードアウトさせ強い事業所を残す共食い戦が行われます。

平成12年の介護タクシーは、介護保険を使う介護タクシーがほとんどで一般タクシーが介護事業所を
併設したり、タクシーの許可のない介護事業所が白ナンバーで提供していました。今の個人の介護タクシー
と違い1人一台でなく1事業所100台以上ある事業所がたくさんありました。大手が参入した時代でした。
介護保険を使う移送サービスは、国の保険料をひっ迫することになりうるので、報酬単価の高い身体
介護から複合型介護そして15年4月にさらに単価の安い通院等乗降介助ができ、採算が取れなくなり
大手事業所は撤退することになります。当時の介護保険介護タクシーは金食い虫として撤退していくのです。


平成17年度以降は自費による介護タクシーが主流になります。民間救急の推進が行われることにな
り救急車を呼ぶほど緊急性のない利用者を介護タクシーが次の担い手として提供する推進事業になり
ます。
救急車の一回の出動費用に約5万円かかります。救急車なので利用者の負担はなく行政負担になり
高齢化の中で年々救急出動件数が増えていて財政がひっ迫している背景があります。
平成から令和の時代になり自宅からの救急車要請は年々件数は増加していますが、病院から病院まで
の転院の件数は横ばいになりました。こうして介護タクシーは、社会的な地位を確保していくのでした。


平成17年度以降介護タクシー事業者は増えていきます。平成22年以降はさらに爆発的に増えます。
平成17年くらいはどんなやり方をしても利益が出ていた黄金時代になりますが、その後業者が増えて
いく中共食いの戦いがはじまることになります。つまり料金・サービスの競争になります。
(17年は民間救急標章開始・22年はリーマンショック)